怖い話(物理)

大学生の頃、俺が夏休みの帰省から一人暮らしのアパートに戻ると部屋の鍵が開いていた。

十中八九ただの閉め忘れで、反省すればいいだけのことなんだけどここで不安がよぎる。「もし中に誰かいたらどうしよう?」想像力が自分自身を震え上がらせた。家賃3万5千円のアパートにはオートロックなどあるはずもなく、友達を頼ろうにもまだ帰省から戻っていない。不運にもその時は夜で、扉を開けてから照明をつけるまでの数秒は部屋の様子がわからない。

でもすでに鍵を開けようとしたため、もし空き巣などがいたとしたらその物音でこちらに気づいているはず。だとすれば扉を開けた途端に腕を引かれ、組み伏せられ、ナイフで一突きにされるかもしれない。いやいや、こうしてまごまごしているうちに窓から逃げているかもしれないとも考えた。次第に妄想による不安から頭がいっぱいになって、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。

しかしいずれにせよこの扉は開ければならない。覚悟を決めて、勢いよく扉を開け照明のスイッチに手を伸ばした。

明かりを点けて様子を確認するまでにやはり数秒、まだ刺し殺されてはいない。それでもまだ安心はできない、なぜならワンルームの間取りとはいえ隠れるところはいくつかあるからだ。後ろを取られない順序を考え、玄関の扉を開けた時と同じぐらいの勇気をもって確認をしていく。

もはやこれは命のやりとりでありトイレ、風呂場、居間と進むごとに精神が疲労していった。それぞれ荒らされた様子はないが次は最後にして最も隠れている可能性の高い押し入れである。部屋の物色をしていたとすれば最も近い隠れ場所だ。追い詰められた人間は何をするかわからない、残された精神力をすべて使い切るつもりで戸を引いた。

しかしそこに強盗の姿はなく、ただ見慣れた荷物がしまわれているばかりだった。ひとまずこれで刺し殺されたりせずに済むと安堵したのも束の間、次の不安が頭をよぎった。

「誰もいなかったのではなく、窓から逃げただけなのでは?」

たくましい想像力にも困ったもので、こう考えた瞬間に自分の部屋が悪意に汚染されているかのように感じる。おそるおそる窓辺に近づきカーテンを開く。戸は閉まっており、鍵もかかっていた。ということは窓から逃げたわけではない。これまでの確認の順番を振り返ってみても、隙をついて玄関から逃げることも不可能だった。

こうしてすべての不安は拭い去られ、1時間にも感じた15分のサスペンス劇は幕を降ろした。

再度玄関の施錠を確認し、居間に戻ると座椅子に腰掛けテレビを点けた。ゆっくりと緊張を解き、そしてようやく自分の間抜けさに気が付いた。

あー怖かった。

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